わたし、ひとり旅に出る

腰はわりと丈夫な方で、この10数年でも痛めたなって思う事は数えて2〜3回。その1回にこの9月上旬の事が入っている。原因は移動中の電車で冷えた身体に、前屈み体勢での撮影、そこへ重い荷物の運搬、仕上げに息子2歳2ケ月14kgの抱っこ。パーーンと張った感じ。腰から背中の筋肉が綱引きしている感じだった。これでは次の撮影までに腰が間に合わないと思い、3日間続けてカメラマン御用達の整体&カイロ医院へ(オールドスタイルのジャージに着替えさせられるスポーツ系の医院)。その間も、キネシオロジーテープで腰から背中の筋肉を補強すれば撮影に行けるくらい2日目でだいたい緩和されてきていたのだが、同時に微熱発熱。かつては別の鍼灸医院で鍼を山のように刺していたのだけれど、必ず高熱が出るため引退した。どうも身体の血流やらたまりたまった毒素が動いて熱が出るタイプらしい。これはイカンぞ、このまま無理をするとすべてがこじれて、3度目の入院なんてことになるぞ。ここは1つ、重くない世界へ行かねばならぬ。ということで、夫が背中を押し倒すので、意を決して2泊3日の急遽「ひとり旅」に出ることになったのだった。

夫は大きなバックパックに、息子の3日間の着替えやらおもちゃ、そして仕事用のPCを詰め込んで奈良の夫の実家で過ごす段取りをつけていた。その段取りのスピードに圧倒されているうちに、もうこれは「ひとり旅」せずにはいられない状況になり、メソメソしている時間もなかった。そして、あっという間にわたし「ひとり」。すぐにどこかへ出発してもよかったのだけれど、すべて直感のまま進むことに決めると、最初に向かった先は仕事場だった。やはりプリントに触れて、ラボに触れて、仕事がしたいって事なんだろうか。保育園に息子を預けている時と、確実にフリーダム度数が違った。そして次に身体が向かった先は、整体。首が中心に戻り、腰から背骨への筋肉の緩和をようやくつかめた。そして再び仕事場に戻ると突然妹が「友達の結婚式を一日間違えた。」と嘆きながら、綺麗に盛った髪とともにやってきた。信じられない天然具合に圧倒されながら、ポートレイトを撮ったりしていろいろ話をしているうちに二人で辿り着いていたのは、実家京都だった。鴨川がわたしを呼んでいた。

こうなったら、とことん「ルーツを巡る旅」。

京都に着いた夜はテーブルいっぱいの母の夕飯を前に、上機嫌に近況報告。息子は保育園でもう泣いてないとか、やっぱり外では抱っこだとか、なかなか寝ないとか、仕事はどうしてるとか、ワークショップするとか、写真はどうとか、ブログはどうとか。父と母と妹と4人。いつもその日あったその日の事を食卓囲んで話していたあの頃。家族との時間はあっという間に昔の、多感最前線だった大学生の頃へと、引き戻してくれたのだった。

朝が来た。久しぶりに熟睡できた朝の心地よいこと。外に出たら、走っていた。その軽やかさ、アスリートのごとし。一気にエンジンがかかり、学生時代に通い詰めていた映画館「朝日シネマ」の2代目、四条烏丸の映画館「京都シネマ」へ。上演時間55分の映画『レイチェル・カーソンの感性の森』を鑑賞。映像、音、編集、すべてフィットせず。高度過ぎた。センス・オブ・ワンダーの世界をもっと違う映像表現で見てみたかった。モヤモヤしながらそのお隣のギャラリー&ショップへ。店内BGMレイハラカミさんの『レッドカーブの思い出』に己を取り戻す。外に出る。中国人の女性に英語で話しかけられる。17番のバスに乗りたいらしい。どこのバス停に行けばよいか、と聞かれても答えられない。京都のバスもまた、高度過ぎる。うまく言えず、その場で見えたバス停にとりあえず行ってと丸投げしてしまった。またモヤモヤする。信号待ち。すると、目の前にタクシーが止まって降りてこられたのは、偶然にもラジオDJの西村愛さん。α-STATIONの取材と仕事の合間だった彼女に、前置きなしに「わたしはいまルーツを巡る旅中なので、一緒に前田珈琲でランチしましょう。」と伝えると、大興奮でおつき合いしてくださった。努力に努力を重ね、人を大事に大事にしながら成長されてきた彼女の夢を聞いた。たった1時間の会話に二人で涙した。そして、より深いルーツの在処へと進めてくれたのだった。(つづく)

sunny13funny(ラジオDJ西村愛さんblogより。ばったりびっくりの記事。前田珈琲前で嬉しそうなわたし。手にはKLASSE W。いい写真。)
Days and Colors(この秋、愛媛県美術館で開催するKLASSEのポートレイトワークショップ。フィルムカメラは旅にこそ。)

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フィルム写真は優しいパンの味

「APPLEの発音」というパン屋さんの食パン。名は「山は歌う」。

この夏初めて出会った、最高に優しく染み染み染み染み身体に来るお味。
この感じって、この感じって。何だったけ。何だったけ。
と、問いかけながら頂いて、頂いて、頂いて、はっとした。
フィルム写真の感じだわ。

カメラといえば、デジタルカメラが主流となっている中、わたしの仕事の8割9割はずっと変わらずフィルムカメラ。日常ではblogのdays以外は、デジタルカメラをほとんど使っていない。プリントラボも身近に作って、いつまでこんなにアナログで幸せな日々を続けられるんだろうと、少し不安になる時もあったけれど、”終わりのその日”が来るまで(例えばフィルムの生産が終了するとか)恐れず真っ直ぐ突き進もうと決めたのだった。だから、初めてのお仕事先などには「フィルム写真がメインです。」と包み隠さず言う。「それでもどうにかデジタルで。」と包み隠さず頼んでくれるお仕事にはできる限りお答えしたい。ここのところもそうだった。だけども、やっぱりデジタルは難しくって変な汗が出た。その場で見れてしまえる事とか、たくさん撮れてしまえる事とか、普段焼いてもらう色ではないという事とか、シャッター音とか、ボディの重さとか、形とか、全てにおいて、難しい。ピッタリくる日もあるのだけれど、ほとんどない。身体への染み染み度数が、フィルムの世界に比べて圧倒的に足りてないからだろう。フィルムが地球なら、デジタルは宇宙みたいなイメージ。限りある世界と、果てしなく続く世界。

そんな事だから、先日とんでもない事が起こってしまった。久々にも程があるくらい久々にデジタル写真でのお仕事先に、間違えてフィルムを持って行ってしまったのだ。つまり、メモリーカードを完全に忘れたということ。幸いにも待ち合わせ時間の30分前に着いていたので、猛ダッシュで近くのスーパーで写真店を見つけて4GのSDカードを購入した。そして何事もなかったかのように、そのまま涼しい顔で「おはようございま〜す。」と合流したのだった。「アウトかセーフかというと、アウトやな。」とその夜、夫に言われてしまった。まさにその通り。背筋が凍る出来事だった。

世の中にはパン派の人もいればごはん派の人もいるように、写真家やカメラマンにもフィルム派もいればデジタル派もいて、どっちも派の人もいる。それは身体がそう答えているのだ。だから、どちらがいいも悪いもなくて、どちらのお味が身体に染み染み来るかで、決めたらいい。そのお味にさえ、感じていられれば。

APPLEの発音(店主の青木さんがひとりで丁寧に丁寧に作られている大阪の平野区にあるお店。パンにはひとつひとつお話がついている。)
Days and Colors(2011年10月23日に講師を勤める、高級フィルムコンパクトカメラKLASSEのワークショップ。カメラの貸し出しもあり、撮った写真はその日に鑑賞できる。染み染みDAY。)

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みしんの子さんとサンプル撮影

みしんの子さんにモデルをお願いして、この秋のワークショップ用サンプル写真(作例写真というのかな)を撮らせてもらった。松山ではポートレイトの撮影についてお話するので、あらためてKLASSEを使って、約100枚。ランチ風景をイメージして一階の喫茶店カルチェラタンさんにサンドイッチをデリバリーしたり、スタジオの白をバックにしてみたり、スタジオを出たお向かいの壁を使ってみたり、グリーンをバックにしてみたり、小さな範囲でアグレッシブに。痛めた腰をカバーしながら。といってもKLASSEは電池込みで276g。いつもの機材に比べると「ヘ」でもない軽さなので、心も腰も軽やかに。軽いって、切実。軽いって、ス・テ・キ。

午前11時半。みしんの子さんとその子さんのお二人を迎えに道路に出たら、山盛りのみしんの子作品を自転車に積み上げて走ってきてくれていた。目下、編み物に夢中のみしんの子さん。「編み物風景も撮ってほしいな。」とリクエストも頂いたので、秋冬毛糸を転がせたりしてみたのだった。リクエストってとっても嬉しい。いまのその人のそのままが写し撮れるチャンス。写真が、「スナップ」から「ポートレイト」に変わるひとつの瞬間でもあるからだ。そんなアレコレを確認できた事にやたらと感動してしまって、必死にみしんの子さんに話しては、一緒に喜び合っていた。

前にも書いたのだけれど、みしんの子さんはもともと東京でバリバリのカメラマンアシスタントとして働いていた。ご縁で大阪に来て、結婚して、仕事にひとつ区切りを付けて、子を産んで、いまはバリバリの母として創作活動をしている。有名写真家さんの元に付いていたことや、海での苦しい体験、重くて重くて仕方ない機材の運搬、こだわりのカメラの話などをサラっと話してくれたりするのが、わたしはいつも密かに楽しい。そんな彼女からはあ の日に戻りたいというような話は、ない。根性キマってるかっこよさが、いつもそこにある。わたしはきっとそんな姿を撮りたいんだと思う。

彼女は最後にこだわりの古い蛇腹式のポラロイドカメラを自分のバックから取り出して、アリガトウと一枚撮ってくれた。いつのフィルムかも分からない、セルフタイマーも曖昧で、露出もだいたいで。仕上がった写真は淡いモヤモヤのピンク色をしていた。撮れてないに限りなく近い、だけどしっかり撮れてる写真。それもひとつのポートレイト。
この日の続きは10月の松山「Days and Colors」で。

みしんの子(新作ぞくぞく。今年の秋冬はカラフルぞくぞく。)
Days and Colors(2011年10月23日開催のワークショップ。参加者募集中!)

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この秋、松山へワークショップ

2回目の退院から丸4ケ月経過。喘息は落ち着いて、肺の検査結果はヨコバイ。身体の調子は総合的に見て、中の上の下という感じでマズマズ。順調に回復している模様。仕事は撮影時間1時間半から2時間の範囲で、素敵に休憩を挟み倒してボチボチ復帰している。肺炎と喘息の元になったひどい感染症の後遺症で、今年の夏は特に太陽光に注意せねばならないやっかいなことになっていたのだけれど、周りの皆様のおかげで無事に乗り越えることができた。ある朝仕事場に行くと、わたしのデスクは向きが変わってついに窓際族になっていたり、撮影現場で足の小指を強打して爪真っ青になったり、久々の重い機材に腰を痛めて今日から整骨院通いしたり、保育園用の手拭きタオルに紐を付ける作業でしっかり針が指に刺さったりして”おちこんだりもしたけれど、私はげんきです”。

前置きが長くなってしまったよ。嬉しいお話。なんとgoodbye写真で使用しているいつものカメラ「KLASSE」を使ったポートレイトワークショップを、この秋松山で開催することになったのだ。お声がけくださったのは富士フィルムさんと愛媛県松山市の写真店「南海カメラ」さん。プリントにも力を入れてらっしゃる店主さんと現在募集中の20名のみなさまと、秋のひとときをレクチャから撮影、そして撮った写真の鑑賞まで一緒に過ごす事になった。タイトルは「Days and Colors」。写真には正解も不正解もないよね。カメラを向ければ十人十色。そんな想いを込めて、わたくし、本格的にワークショップに取り組みはじめています。窓際で。

KLASSE(クラッセ)って何さ。というと、富士フィルムさんが渾身の力を振り絞って作られた、おそらく富士フィルム最後となる高級フィルムコンパクトカメラ。ドイツ語で「素晴らしい、トップクラス、エリート」という意味のよう。いま調べて初めて知ったよ。とにもかくにも、わたしはこのカメラに2008 年、出会った。仕事場でオグラユウジくんから「このカメラ、あいちゃんに合うと思うよ。使ってみたら。」と貸してくれたのがきっかけだった。KLASSE には「S」と「W」というのがあって、前者が準広角38mmレンズ搭載で後者が広角28mmレンズ搭載。いずれもズームなしの単焦点レンズでヨドミなしのクリアさ。わたしはこれまで「S」を使ってきた。ちょっと男前でアンティークな外見とともにすっかり日常に寄り添える関係になって3年目。いま、「返してっ。」って言われたらどうしようという感じ。返せません。KLASSEで撮り続けていたから、blogをスタートできた。そして新しい人や場所に出会うことになった。このちょっとだけスペシャルな感覚を、この秋、松山でお伝えしてきてみたいと思う。

Days and Colors(クラッセポートレイトワークショップin愛媛県美術館/お問い合わせ+参加募集ページ)
南海カメラ(愛媛県松山市の写真店)
KLASSE(FUJIFILMさんのわかりやすい商品紹介ページ)

FLAT-FIELD.NET(TOP/NEWS写真更新)

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between periods

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“THE ESPERANZA shoes laboratory @ chef d’oeuvre ” honmachi , osaka / SEPTEMBER 2010

entoanのスリッポン

シューズクリエーター櫻井義浩さんの靴ブランド「entoan」(エントアン)さんの展示会へ。場所は大阪本町のカフェ&ギャラリー「chef d’oeuvre 」(シェドゥーブル)。以前、櫻井さんを撮影させて頂いたのをきっかけに、いつかその作品に足を忍ばせてみたいと思っていた。先日は革小物ユニットのAUTTAAさんとお話できて、今度はentoanさんともまたお話できることになるなんて。秋の訪れとともに、やってきた刺激的な日々だった。

櫻井さんとのお話の中で、「玄関にいる時間を楽しむ」という言葉があった。櫻井さんは玄関にある靴をぼーっと眺めたり、靴のケアをする時間がとっても心地いいそう。だからかな、entoanの靴は植物のような感じ。なんとも優しく力強く、有機的。また土へと帰っていくような。足跡のように壁に展示された作品。その中からずっと気になっていたスリッポンに、ついに足を忍ばせてみた。なんと軽やか。そう来たか、という感触だった。すっかり足から離れられなくなって、今年一番の贅沢なお買い物をすることになった。受注生産で自ら作られるため、11月の到着予定。33歳はスリッポンではじめようと思う。

それから再び、chef d’oeuvre さんにうかがったのは展示会も最終日に近い夜のこと。entoan展とともに東京からやって来られたエスペランサ靴学院の学院長さん、ジュエリーアーティストのLissa Hashimotoさん、そして神戸の靴職人さんと深い夜をご一緒することになった。深いと言っても午後8時半から。わたしにとって大阪の夜を一人で出かけるのは実に2年半ぶり。息子のお迎えに行って、ごはんをして、夫の帰りを待って、もうその頃には興奮がピークに達して熱が出そうだった。夫とバトンタッチして、いざ外に出ようという時、何とも言えない嬉しさがこみ上げてきて、涙が吹き出た。ど、ど、どうしたの?とびっくりしている二人は、とりあえずわたしの背中をさすってくれていた。この扉を開けたら外。妊娠して出産して子を抱えてからというもの、玄関には心配や緊張が常々渦巻いていた。けれども、この夜ははじめて心配も緊張もない解放感に満ちあふれた場所になったのだった。いや、もう、本当に嬉しかった。

櫻井義浩さんインタビュー(撮影させていただいた記事。近日の展示予定も。)
HiNGE – Lissa Hashimoto-(深い夜をご一緒させていただいたお一人。ジュエリーアーティスト橋本リサさん。)

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