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THE ESPERANZA INSTITUTE OF FOOTWEAR DESIGN & TECHNIQUE , Tokyo / MAY 2011
THE ESPERANZA INSTITUTE OF FOOTWEAR DESIGN & TECHNIQUE , Tokyo / MAY 2011
モノと人を繋げてくださることが昨日はもう一つ。毎日新聞朝刊。澤木政輝記者による「ツウザキさんの京都長屋再生術」の連載がスタート。撮影を担当させて頂いた『天使突抜367』(通崎睦美著)をまた違った視点で語りはじめてくださった。わたし撮影のカットも数点掲載。毎月1回、6ケ月続く。次回は8月11日。うれしい。
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Emotions create next emotions.
思いは繋ぐ。を胸に、7年間撮影とディレクション&デザインを夫とともに担当させて頂いてきているエスペランサ靴学院のパンフレット(左の写真)とホームページがリニューアルアップした。
7年前って、25歳。学院長がわたしの写真と言葉を見つけてくださったのがはじまりだった。新幹線に乗って東京駅着。八重洲バスターミナルからバスに乗って35分。降り立った場所は浅草の端っこ。東京感ゼロの下町で、何を思ったか。それは「なくしたくない。残したい。」だった。靴作り、靴業界の「現実」を、浅草からはじまり茨城・神戸・姫路・大阪・京都、果てはベルギーのアントワープまで寄り添って見てきた。32歳の今も、変わりない。繋げたい。ただただ繋げたい。次へ。
■エスペランサ靴学院(ギャラリーページでは7年間の学院風景写真も/パンフレットは資料請求から)
■ツウザキさんの京都長屋再生術(通崎好み制作所blogより)
■編集集団140B(青山ゆみこさん所属/青山さんは元MeetsRegional副編集長。現在雑誌『大阪人』などを絶賛編集中)
THE ESPERANZA INSTITUTE OF FOOTWEAR DESIGN & TECHNIQUE , Tokyo / MAY 2011
みしんの子さんからのメールでベランダダッシュ。
夫に担がれた息子がグワングワンなりながら、3人で無事に鑑賞タイム。
身体じゅうに溜まっていたモワモワ熱がヒュっと出ていった瞬間だった。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
思い返せばこの2ケ月。
虹色の数きっちり分の女性たちが、わたしに会いにきてくれたんだった。
7つの光をちょっとずつもらっていたんだろうか。そんな気がしてきた。
「赤」ははじまり。仕事先のディレクターさんの奥さんだった。
涙をホロホロ流して、わたしの病気の辛さと痛みを感じてくれた。
「橙」はそう。画家の彼女。わたしを元気づけるために絵手紙はいつも橙。
満を持して今度は自ら小さな絵を持ってやってきてくれた。
「黄」はね。靴職人の彼女。ストイックな彼女もまた区切りの時期。
これから進めの青。その手にはすでに魔法の筋肉がついていた。
「緑」はこんにちは。OLさんの彼女。わたしのblogの大事な読者。
客観的な視点が新鮮だった。公園の緑の下でドーナツ食べたね。
「青」はいつもの。みしんの子さん。いつだって繋がってるんだ。
空みたいに。青い空を見ると安心する。休む力と進む力をくれたね。
「藍」はひろがる。世界ではじめての母友さん。いつだって笑顔。
いつだって飛んできて包み込んでくれる。食料と元気を持って。
「紫」のさいごは夢の中。世界ではじめてのもう1人の母友さん。
大阪から千葉そして東京に引っ越した。また会おうねと言ったんだ。
写真に写る素朴なその虹は、しばらくずっと、消えなかった。
来てくれてありがとう。ありがとう。
gosyo , kyoto / JUNE 2011
しかし、今回は乗り切った。
一晩で解熱。辛いのは初めての口内炎くらい。
わたしとしては口内中できてる感触で、夫に見てもらう。
「いや、一つやで。」
オーケーオーケー。よくやった。
息子の蕁麻疹などどこへやら。半日で終息。涼しい顔。
あの雨の中の努力は何だったんだ。
オーケーオーケー。まあいいや。
てんとうむしのバイクに乗った息子は、「オワッタ〜オワッタ〜」と言いながら通過していった。
言葉がずいぶんと軽やかになってきた。
わたしたちの世界はきっとずいぶんと広がっている。
morning home , osaka / MAY 2011
2歳の誕生日の前日、思いきって髪を30cm切った。
そしたら、ヒュっと楽になった。
こうなったら息子も、とこの週末初めてお願いした。
いつもの新町gibo hairさん。
フランスの男の子をイメージして名付けられた美容室。
かわいいお姉さんに固まりながら、一生懸命我慢してた。
最後ににっこりポーズかましてた。
写真を撮ってくれた店主さんもわたしも、みんな笑ってた。
ラジオ体操をはじめた。
養命酒も飲みはじめた。
青汁も飲んでいる。
鼻うがいも時々している。
仕事場まで歩けるようになった。
でもほとんど自転車だけど。
家族三人、南港でのんびり船を見れた。
夫と二人、定食屋でごはんおかわりできた。
息子と二人、南堀江に行けた。
服屋さんでも、雑貨店でも、笑ってた。
店員さんもお客さんもみんなみんな笑ってた。
抱っこも辛くなくなってきた。
二人ででも、どこへでも行ける気がしてきた。
いや、どうなんだろう。
油断大敵の4文字が、いつも心にチラついている。
■gibo hair(帽子のお姉さんはスタイリストの上村さん)
Kobe College . hyogo / APRIL 2009
夢のようなお声がけをくださったのは、元・ミーツリージョナル編集長の江弘毅さん(現・編集集団140B総監督)だった。終わった今でも信じられない。
場所はヴォーリズ建築が美しい神戸女学院大学。「メディア・コミュニケーション〜プレゼンテーションの技法」のゲストスピーカーとして、昨日29日、お話させて頂いてきた。今日はこうして振り返りながら、あちこちの筋肉痛をヒシヒシと感じ取っている。
学内でも優秀な20数名しか受けられない、この江先生の授業。
今年のゲストスピーカーは他に落語家さんとラジオパーソナリティーさん、そして博報堂コピーライターさんが1コマずつ来られるという。言葉を操られる方々の中、唯一「非言語表現者」として紹介頂いた。
とにかく、喘息が出ないかとそれが不安で朝は治療用の吸入器を力いっぱい吸っていったのだけれど、江先生のその最初の一言一言に、わたしは安心と自由を得ていった。横には巨大なプロジェクタースクリーンという特別なステージなのに。そして目の前から迸る(ほとばしる)熱い視線に、トークは一気にドライブしていった。
内容は、そう、「写真を撮るという仕事」について。
3年間パンフレット撮影を担当させて頂いてきた神戸女学院大学の写真を通して、わたしの撮影スタイルをこれまでのエピソードを交えて。踊るように。
振り返ると自分のテンションの高さに反省しきりで帰りの電車ではもぬけの殻。
直行直帰。穴があったら入りたい。
息子のお迎えに行けないくらいベットで干からびていた。
オーケーオーケー。それでいい。
昨日の90分は確実にわたしを次へと進めてくれた。
感謝が溢れ出て、筋肉がバキバキ言っている。